#1.はなうたの友だち
たとえば葉っぱがこすれる音とか。
たとえば通り雨みたいに、急な金木犀の香りが鼻の先に降ってきたときとか。
photo by Creativity+ Timothy K Hamilton
「見てこの木。すごい幹の太さ」
一年半ぶりに会うその子はわたしととても波長が似ていて、横に並びながら鼻歌を歌ってしまう癖も変な擬態語を使うところもおんなじで、一緒にいるとにぎやかなセッションになる。
なのに歩む方向も見ている景色も全然違っていたりするから不思議だなあといつも思う。
わたしがその場所へ来るのは二度目なのに、前はその木の幹に心を持ってかれたりしなかった。
でも、その子のファインダーを通った瞬間、とても尊いものに映った。
わたしは、この子のそういうところがすきだ。
友だちでも心の中でまでくつろげる相手はなかなかいない。
高校が一緒だった子。
バスでの出来事やテレビのCMの話をわたしがつくったでたらめな鼻歌にのせながら、足元に落ちる影と一緒に連れて歩いて帰ったりした。
明日になれば忘れるような他愛のなさが、なぜだか今もちゃんと思い出として残る。
その子は何でもない話ばかりだけでなく、躊躇いなく思ったことをするんと言葉にできてしまう子だった。
わたしはこうやってあのときこうだったなあ、ああだったなあとブログや日記に書き残すことはあっても、その場で言葉にすることはあまりない。
言葉にしたら違った、というのが怖いからかもしれないし、
言葉にするタイミングがいつも下手なのもある。
人に対してあけすけな物言いをする、という意味ではなくて。
その辺はとても思慮深く思いやりのある子なので人を傷つけるようなことは決して言わないのだけれど、なんだか一緒にいてすごくすかっとする、そういう気分にさせてくれる。
わたしが病気のことをうじうじ話した時、クラス会長のくせにクラスの問題を対処できなかった時、悩みを打ち明けて正解も的確なアドバイスもくれた記憶はない。
ただ、この子の取り巻く静かでちょっとひんやりした、でも触ってみると自分の手よりは温かかったぬくもりのような、そんな距離感のある優しさがわたしをいつも救ってくれる。
ほんとは、直接言うべきだけど、いつもありがとう。