へたくそ泣き虫

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photo by . Entrer dans le rêve

 

つい先日、テレビで小学生の男の子がへたっぴに泣く姿を見た。

視界が歪み、気づけば自分の顔にもひんやりと涙がつたう。

 

 あまりにも唐突でびっくりしてしまい、ちょっと笑えた。

 

きっとわたしも、小さいころから泣くのがへたくそで、その男の子の心の機微がとってもよく分かるからだったんだと思う。

 

 

 

 

hiramelonpan.hatenablog.com

 

この日、もうひとつ大切なエピソードある。

 

 

友だちがいなくなって以来わたしは「悲しい」をうまく吐き出せずにいた。

 

葬儀ではもちろん、家にいても予備校にいても、とにかく誰も心配させたくなかったのでずっと心がこわばっていたのかもしれない。

 

 

「甘えたいときには甘えてもいいんだよ」

 

周囲は不自然なわたしに気を遣ってくれたけれど、

感情をコントロールできないジレンマを抱えるそのときの自分にとってオープンすぎる優しさは、悲しみを深くさせるのに十分だった。

 

 

ある日の朝10時。

このままじゃだめだ、というのは分かっていた気がする。

でも、自分を立ち直らせる方法が分からない。

 

あ、と一人の顔が浮かんだ。

 

 

お気に入りのシャツのボタンを留め、いつもの短パンに足を通し、髪を乱雑にひとくくりにまとめる。

ちょっと動いただけで一筋の汗が背中を流れるほどの蒸し暑さ。

 

 

慌ただしくサンダルを引っ掛けて玄関の定位置にある自転車の鍵をひったくり、家の前の坂道を立ち漕ぎで上り切る。

 

 

“一度も自転車から降りずにこの坂をのぼれたら――。”

 

 

小さいころ、何かあるごとに願掛けをしていたのを思い出す。

 

坂の最後まで上り切ると、さすがに汗だくだった。

 

 

数年ぶりに通るでこぼこのあぜ道を走り抜けて、目的地にたどり着く。

 

 

コンコン、とノックして挨拶をするとすぐ、目の前に懐かしい顔。

あんなにもなかなか出てこなかった涙が、するんと頬を流れ落ちた。

 

 

「○○先生に、会いに来たんだよな?」

 

 

当時理科を教えてくれていた先生は、ただ目を赤く腫らしだんまりする厄介な元教え子に、まるで普通の会話をしているかのようにあっけらかんと対応をする。

 

 

とりあえず、と案内してもらった保健室で一人ごうごうと泣くこと10分、先生はやってきた。

 

 

3年ぶりに対面したにも関わらずいきなり泣いていることに驚きもせず、わたしはぽろぽろと睫毛から落ちる水滴を拭いながら友だちが亡くなったことを話した。

 

 

お前全然変わってねぇな、とけらけら笑う先生に、

「でもこんな簡単に泣いたりしなかったです」と答える。

すると、ほんとうに辛いときは泣かなかっただろう、と返ってくる。

 

 

そうだったんだろうか。

 

高校時代毎年行事のスポーツ大会で、表彰式に自分のクラスが呼ばれる度に泣いていたし、クラスの子が内職して世界史の先生が授業を出て行ってしまった時も謝りながら地歴科で泣いてしまったし、周囲からはすっかり人前で泣くイメージが板についていた。

 

 

 

ひとしきり懐かしそうに笑うと、誰に言うのでもなく、アルコールのツンとした保健室の真っ白な空気の中に、ぽろっと言葉をこぼした。

 

 

 

「でもな、ごめんねって言って弱さを見せることも強さなんだよな」

 

 

 

そのあとは昔とおんなじように、教壇で語るときと変わらない口調で先生らしく語った。

 

わたしがずっと強い姿を見せることが強いと思っていた、ということも見透かされていたことに驚いて、「ああ、ほんとうに敵わないな」とため息が出そうになる。

 

 

すぐに弱さをさらけ出せるほどの強さは持てないかもしれない。

だけど、その言葉だけはずっとずっと忘れないようにしよう。

 

涙を含んでよれたハンカチをぎゅっと握りしめた。

 

 

*   

 

 

午前中に母校の中学校に行き、その後ケーキ屋さんへ行って土砂降りの中帰ってきたあの日は、今でもほんとうに大切な日で忘れられない。

 

あんな風に一日で心の波がざぱーんとうねることはあんまりないし、小説や映画の世界みたいな日だったなあと思う。

 

 

*     *     *

 

あれから5年後の今。

変わってない。全然変わってないじゃない!とツッコミを入れたくなるほど成長していない。

 

悲しいことがあったのに、だいじょぶと自分に嘘をついていたらある日突然異変に気付いた。

なんだろう、この悲しみ。

何に対する悲しみかも思い出せない。

 

友だちが長電話に付き合ってくれたおかげで気持ちが晴れたけど、ちょっとしょげた。

 

 

悲しい時には、ちゃんとその時に悲しまなきゃだめだし、弱いところから逃げるんじゃなくて向き合うことが強さだ、と反省した。

 

 

「23歳って、子どものころ思ってたオトナじゃないよね、でもさ、23歳がオトナじゃないって分かってるってことがオトナなんだよねえ」

 

電話越しの友だちの声にハッとする。

 

そうだよ、わたし、もうあの時の子どものわたしじゃない。

 

 

 

今度はわたしが、自分と同じようにへたくそな泣き虫に、肩をトントンしてあげられるオトナになる番だ。

 

 

 

じょうずに泣けなくたっていい、

 

へたくそでも、弱いところを見せられたらそれは強さなんだよ、って教えられるように。