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優しくなりたい、優しくなりたい、と思っていたのに。

悲しい経験をすればするほど優しくなるなんて嘘だ。

 

優しく「する」のがうまくなるばかりで、ほんとうの優しさからはどんどん離れていく。

 

悲しい経験をすればするほど身に着くのは、効果的に相手を傷つける方法だった。

自分が受けた傷の深さから、逆にどう言えば相手を最も効果的に傷つけられるかが分かるようになる。

 

それを言わないのが優しさなんだろうか。そんな気づきと思いやりを天秤にかけるような残酷さを、「ほんとうの優しさ」に変えることなんてできるんだろうか。

 

それとも、優しさはそのアンバランスの中にあるんだろうか。

 

 

*

 

日常の、ある人の、心ないちょっとした言動に胸がざわついた。

それでもそのざわつきをなかったことにして、何度もやり過ごしていくうちに、ちいさな小石みたいなものがコツコツぶつかって心の中の波をさわさわ揺らした。

始めは小さかったはずのさざ波がだんだん見過ごせない大きさになって、気づけば心の柔らかい部分をじわじわ削っていった。

 

ついに耐え切れなくなりそうになって、長い付き合いの友人に連絡しようとした。

その子はきっと、わたしに降り注いだ無遠慮な言動を鋭く正しい言葉で突き刺してくれるだろうと思った。

 

そう思ったとき、初めてわたし自身がそうしたかったことに気づいた。

わたしが自分の手を汚したくないから、「ほんとうの優しさ」を守りたいから、代わりに誰かがめった刺しにしてくれるのを待っていたのかもしれない。

 

何て最低なんだろう。

 

最初から嫌なんだと言えばよかったのに。

 

優しくするのはうまくなっても、きっと優しくなるなんて簡単にできない。