虹を渡るということ

 

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photo by Stuck in Customs

 

 

 

以前、書いた記事。

 

hiramelonpan.hatenablog.com

 

 

 

男女、異性、という仕切りを設けられている世界について考えることはたくさんある。

 

 

 

今まで、学校に行けない子どもたちにとって最も重要なことは学校に行けるようになることだと思ってた。

もちろん行けたら行けたで勉強についていくことだとか、卒業後の進路や働き口のことだとかぶつかることや乗り越えなければいけない課題があると分かったうえで。

 

でも、「学校に通っている状態」が平等だなんて幻想だった。

 

コンゴ東部にあるブカブという地域にいる、現地の大学生の男の子とひょんなことから繋がった。

その彼のブログ。

 

Suffering of schoolgirls in schools | Extreme Poverty has an image.

 

 

彼のブログで知ったのは、学校に行けたとしても女の子だからという理由で教育を受けるチャンスを奪われることもあるってことだった。

 

授業中にもかかわらず水汲みに行かされてしまう様子が上記の記事の中で書かれていた。

 

メッセージをいくつか交わし、今の状況を具体的に聞き出すことを繰り返し続けている。

どうやったら希望の光を差し込む余地を作り出せるか必死に考えるけれど、聞けば聞くほど平和以外何でも揃っていることを痛感するばかり。

 

全然誇張表現なんかじゃないんだ。

無数の潰れた可能性の死体が横たわるその土地に、それでもできることを見つけたかった。


 *   *  *


 

LGBTという言葉が、男女という隔たりの必要性を疑うことができるようになる社会というのは、きっと男女間での権利の差が小さくなっているからこそ生まれる文化なんだろう。

 

女性の権利だけを保障する法律や条約を作るのはどうなんだ、と国際法の世界でも議論があったとかなんとか言ったって、「女の子だから」という理由で傷つけられてしまうのも、女に生まれなければと思ってしまうことも現実としてあることが悲しい。

 

わたし自身小さいころから男だったら良かったと感じることの方が多かったし、今でもそう思うことはある。

どっちであったとしても「自分」であることには変わりないからいいかと考えられるようになったけど、それはどちらに生まれても同じくらい安全が保障されているから。

 

 

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photo by Wiertz Sébastien

 

 

10月11日は国際ガールズ・デー。

 

男女という仕切りを取っ払って誰もが自分らしくいられるようになるために。

「女の子だから」という理由で悲しい思いをする女性がいなくなるように。

 

困難に立ち向かう世界中のヒロインの女の子たちへエールを送りながら、わたしもできることを行動で示そう。

 

 

 

【国際ガールズ・デー関連サイト】

▶国際ガールズデー推進ネットワーク

国際ガールズ・デー推進ネットワーク

▶プラン・ジャパン

Because I am a Girl(女の子だから)とは|Because I am a Girl 世界の女の子たちに、生きていく力を 国際NGOプラン・ジャパン

International Day of the Girl Child 毎年10月11日は国連「国際ガールズ・デー」|Because I am a Girl 世界の女の子たちに、生きていく力を 国際NGOプラン・ジャパン

 ▶英治出版ブログ

国際ガールズ・デー記念フェア、続々開始!――中央大学生協多摩店さん・首都大学東京生協南大沢購買書籍部さん・ACADEMIAくまざわ書店橋本店さん #国際ガールズデー | Eijipress blog