キッチンの神様
ああ、わたしって何て馬鹿なんだろう。
些細なことでつまずいたり、当たり前のことができないことが頻繁にある。
そんな時こそキッチンに立ってみる。
キャベツのシャキシャキした食感は細胞壁だって誰かが言ってたのはほんとかな。
わ、キュウリ切った瞬間夏の匂いがした。
そういえば文化祭の時「たまねぎの皮をどこまで剥けばいいか分からない」って同級生の男の子が言ってたっけ。
あれ、卵を片手で割るのに憧れて中学生の頃よく練習してたのに、今全然できないや。
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そんな風に食べもののひとつひとつに自分の想い出がするんと入り込んでいることをスーパーマーケットでは気づきません。
だから、キッチンには自分の命と食べものとの命を繋いでくれる神様がいるんじゃないかなと思うんです。
出来上がった料理のにおいが、今の自分の心理と化学反応を起こすこともあります。
夕方の西日が差すキッチンで、その日わたしはカレーを作っていました。
クラウドファンディングが達成し、取材をいくつか受けてあとはイベントまで準備を進めるだけという時期。
一方でトントン拍子に見える裏側にはパンの仕入先ひとつ決まっておらず、会場も未定の状況。
それ以外は何もかもが順調で、邪魔をする人は誰もいない。
初めて出会う人でさえ、向けてくれるのは「応援してる!」という溢れる温かい言葉ばかり。
いつしか夢に向かってまっすぐに伸びた一本の道は、他の選択肢を持つことができなくなってしまった、後戻りできない恐怖感を与えるものになっていたのです。
“わたしは、これをやるのにふさわしいんだろうか”
考えれば考えるほど暗がりの洞窟を出口とは反対方向に進んでいる感覚が付きまといました。
そうして思考を巡らせている時にも、いつもと変わらないカレーの匂い。慣れ親しんだ感覚を受け取り、ふと気が緩んだのかもしれません。
気が付けば
こぽこぽと煮込みすぎた鍋の音と拭えど拭えど止まらない涙の落ちる音、そして自分のしゃくり声がキッチンに響いていました。
しばらくするまで自分が泣いていることに気付かなかったのは初めてでした。
キッチンには神様がいます。
トイレの神様みたいに、きっとあちこちに神様がいるのだと思います。
その神様が、ちょっとしたいたずらをすることもあるのかもしれません。
とてもかっこ悪かったはずが、今では人生の中でもとびきり好きな想い出に変わったあの日。
その時の感覚を思い返しては、ふと心がきゅっとなります。