#2.優しい嘘つき
「合理的じゃないね」
「いいの。合理的ってつまらないから」
千波ちゃんはそう言って、嬉しそうに笑った。
『優しい音楽』瀬尾まいこ著
「そうかあ、気づいちゃったか~」
何か一緒に悪い企てをする組織の仲間に入れるような、いたずらっぽい表情でわたしの話を聞いている、この人が今日紹介したい人。
わたし、この人と出会うためにこの場所に導かれたのかもしれない。
運命の出会いなんて言うと嘘っぽい陳腐な響きに聞こえてしまうのだけど、ほんとうにそうなのだ。
初めて会ったときは話しやすい人だなあ、くらいの印象だった。
魂が呼応している!みたいなビビッと感を初対面の時が感じなかったのが不思議なほど。
だけど、仕事に対する真摯さや相手を十分すぎるくらい思いやるところ、相手に気持ちよく話をさせてしまえる懐の広さにどんどん惹かれていった。
いい意味で子どもっぽさも残していて(残っているというよりも忘れず持っているような感じ)、近すぎず遠すぎずで安心する距離感を保ってくれるところもわたしはすごくすきだった。
ある日のお酒の席で、たまたまひとつの話題でその人と別の人が盛り上がっていた。
「気づいたら、寂しいって思うんだよ。でも気づいちゃうんだよね」
わたしはまだ気づいてないかもしれないから、とその日は詳しく教えてもらえなかった。
たとえば相手のために何かしてあげたい、とか。
相手のこんなところがすき、とか。
本当は全部、自分に向いている。
相手の好きなところは、自分と似ている部分と重なっていたりする。
自分を否定することになるような相手は、たぶん好きにならない。
相手にこんなことをしてあげたい、と思うのも自分が優しいと思われたいからだとか、そうする自分が好きだからだったりする。
結局、自分が中心に立っていて、自分に矢印を向けているだけなんだ。
そんなことを、そっと教えてもらった。
これを書いたときも、きっと矢印を向ける方向を意識的に相手に変えようとすることだけが本当の意味での「優しい人」になるということなんだと感じていた。
(じっさいは仕事を任せるのがとてもへたくそなのでまだまだ実践できていませんのであしからず。)
とはいえ潜在的に考えていたにしろ、その人に言われて初めてはっきり認識した。
「それでもね、」
ちょっとへこむわたしに、その人はこう言う。
「相手のことを思い続けるしかないんだよね。自分がその人に何をしたいか考えて、本当にしたいと思うことをすればいいんじゃないかな」
根底に自分が可愛いという気持ちが混じっていることは、それほど悲しい発見じゃないのかもしれない。
だって、そうだと理解していてもやっぱり人は優しくしてしまうものなんだ、って分かったから。
メロンパンフェスの当日、終わった後、小さな悲しみに勝てなくて胃腸炎になったとき。
しんどいときも嬉しいときも、秋空に瞬く星のような優しさをちりばめた言葉を、その人は送ってくれていた。
理由を説明できると他のものでも代替可能になってしまうから、「すき」という感情が理論で固められないように、やさしさだっておんなじなんだと思う。
理由なんてなくても、優しくしてしまって、いい。
そんなあったかい気持ちにさせてくれる、こんな人きっともう出会えない。