“Life is a blessing”
Is there a reason I'm not healing,
Or am I learning from this pain?
I've had a little trouble kneeling,
I don't know what to believe.
But I'm ready to question,
That life is a blessing,
So give me a sign,
I'm a follow it blind,
Is there anyone listening?
Is there anyone listening?
I don't know.
Ready To Question-Gabrielle Aplin
Gabrielle Aplin English Rain - Ready To Question
涙を抱えきれない瞼をゆっくり一度瞬くと、もうすでに運命に腕を引っ張られていた。
*
何でも諦めるのが上手になっていた。
残念ながら、きっとそれは今も変わっていない。
同じ病気の子を亡くしてから死との距離は引き離そうとしても離れなかった。
どんなに何もなかったことにしようと思いこんだって、温泉に入ることや絶叫マシーンに乗るのが苦手なのは、心臓に負荷がかかって無意識に怖く感じてしまうからだって分かっていた。
どうせ死んでしまうのに、いつ奪われても後悔しない人生なんてどうやって歩けばいいんだろう。
「人生はありがたい贈り物」なんだろうか。
3年で消えるはずの灯に無理やり息継ぎさせて、それで30年しか持たなかったら?
神さまなんていてほしくない。
生まれてきた意味なんて、ほしくなかった。
*
今でこそわたし個人はそれぞれの家族といい関係を築くことができているけれど、4年前のあの日は家族がバラバラになることが決まった一週間後だった。
異国の惨状。
身近なモノとつながり今も続く紛争と貧困。
初めて映像を瞳に映したとき、可哀想なんて気持ちは微塵も湧き起こらなかった。
あの時は自分自身のことを一番みじめだと思っていた。
それでも、むすんだ瞼をひらくと一粒の雫がぽたりと膝を打った。
今思えば、きっと自分の感じている死の恐怖と孤独感が共鳴していたのかもしれない。
そう、あの抱いた感情は哀れみじゃなくて共感だった。
気持ちを分かち合える存在と出会えたことは、これからを生きていくわたしにとって救いだった。
ここ数年、これだと浮かんだアイデアを幾度となく見送ってきて、正直面食らっていた。
「コンゴでなければ」という言葉が憎らしいほどに必ずと言っていいほどくっついてくる。
それでも「人生はありがたい贈り物」であると信じる人の心の強さとうつくしさが、あの国には溢れている。その事実が、何度もわたしの足元を明るく照らしてくれた。
わたしは、自分の分の人生しか生きることができない。
纏わりつく死の恐怖感は消えたりしない。
だけど、頭上には慈愛に満ちた恵みのシャワーが降り注いでいるのが、ちゃんと分かる。
人生は神さまから与えられた素敵な贈り物だって、ちゃんと信じることができる。
それを教えてくれたのがあなたなんです、とお礼を言うまでは諦めない。